寺原眞美(小4 母)
「じゃあねぇ~。バイバ~イ!」と手を振る時、久しぶりに涙ぐんでしまいました。息子も珍しく、今日は振り向いて、振り向いて何度も手を振っていました。戸塚ジュニアヨットスクールの幼児部合宿に送り出した際の事です。
現在、小学4年生の息子が初めて幼児部合宿に参加したのは年長の時。鹿児島に住んでいますので合宿先までの飛行機代金2人分は厳しくて、最初から“キッズ楽のり”の一人旅です。息子は小さい頃から人見知りがなく社交的で誰とでも打ち解けられる子でした。流石に一人旅には最初少し戸惑いを見せましたが海に行ける事 や行けば他のお友達もいる事にひかれすんなり飛行機に乗りました。
訓練は一週間。海で遊んだりする楽しい事ばかりではありません。朝は筋力トレーニング。(たぶんこれが一番きついでしょう)昼間はウインドサーフィン(海上訓練)。陸に上がってもオカリナ練習やヨガなどの陸上訓練。その全てにコーチの厳しい指導や体罰が伴います。何度も涙を流したようです。
帰って来た息子に「楽しかった?」と聞くと「楽しかったけどもう行かない!」と言っていました。「やっぱりなぁ~」もう2度目はないかと思っていました。
でも半年後、また合宿を誘ってみると、そんなに嫌そうでもなさそうなのです。
きっと…きつい、辛い訓練の中でも息子はたくさんのいい事を経験したのではないでしょうか。寝起きを共にした友達とある時は虫取りをし、ある時はふざけ合い、じゃれ合い、喧嘩もした事でしょう。立つ事もままならなかったボードの上に立ち、少しでも走り出せば快感が湧きます。そんなことを息子は思い出したのかもしれません。次もまた“キッズ楽のり”で合宿に参加しました。
(H24年 第2回合宿)
3回目はまた半年後。その時からは自ら進んで行くようになりました。
回を追うごとに待ち遠しくさえ思えるように。
今までもう何回行ったか分かりませんが息子は戸塚校長を、コーチ達を、信じ切っています。恐れながらも慕っています。ウインドサーフィンは大好きになりました。「もっと上手になりたい」という欲求も出ています。もうしめたものです。
(H24年 第3回合宿)
私はというと昔から「よく可愛い息子を一人で行かせるわねぇ」と何度も言われました。確かに誰でもは出来ないことかもしれません。
誰でも子供は可愛い。でもいつまで子供にくっついているのでしょう?子供はいつまで母親を必要とするのでしょう?母親なしで生きられなくなったらどうしましょう?成人になれば自然に親離れをするのでしょうか?
そんな事はありません。現に、親元に引きこもっている成人はごまんといるではないですか。やはり、親が自分を律して、少しでも早く子供を自立させてあげなければいけないのではないでしょうか?それが本当に子供のためだと私は思うのです。
息子が飛行機に乗る度に「もう帰って来ないのではないだろうか」と実は思います。涙が自然にこみ上げますが笑って手を振ります。彼の為と信じて。
息子もそれを感じるのか、分かれる際に変にぐずったりしません。
うちはお金持ちではないので夫婦共働きです。私も土日関係なく働きます。そんな時でも息子は一人図書館で過ごしています。本を読んだりパソコンをしたり。時には親切なお兄さん、お姉さんと友達になったりして。
「ゲームかってぇ~、カードかってぇ~」なんて言いません。たぶんグッと堪えているのだと思います。それが出来る息子に育っている事。これが一人で年長から訓練に参加させ続けた成果かなと思っています。
今日、合宿参加の為に旅立った息子へ本当は淋しくてたまらないのですが、私は胸の中でエールを送り続けています。「頑張れ!また一回り大きくなって帰って来い。とにかく怪我なく無事に元気な顔に会いたい」と。
H27年 第31回合宿参加の為 搭乗待ち
[無断転載禁止]
|